体調が完治してからは宏貴さんと共に、レーからバスに乗って日帰りできる近郊の村を訪れてみた。 中心街レーと比べると、どの村もこじんまりとしており、暮らしている人も少ない。その分、レーよりも更に穏やかな時間が流れており、とても心落ち着く場所だ。
気がつけばレーに滞在して、2週間以上経過していた。
ラダックに来た当初は、レーから離れた場所にある遠方の村々も何日かかけて回るつもりだったが、いつの間にかそんな気持ちは失ってしまっていた。 現在泊まっている宿の居心地がよいことに加え、レーの気候があまりにも快適過ぎることもあり、毎度のごとく超怠け者の自分は移動することが億劫になったしまったのである。
宏貴さんも俺同様、観光など全くせずに、スマホにダウンロードした桃鉄やドラクエのゲームに勤しんでいる。
というかこの人、レーにいるのあと3、4日ぐらいって言っていたのにもう2週間以上レーに滞在しとるな。
まぁそれだけこの街が居心地が良いのだろう。
「宏貴さん、レーにいるのあと3、4日ぐらいって言っていたのにもう2週間以上レーに滞在してますよ」
「なんか移動したり観光すんのが面倒でさー。静かな場所でゲームやってる方がいいよな」
「典型的な駄目旅人ですやん」
もはや海外に来た意味が全くない。 まさにクソバックパッカーの象徴的存在である。
その後……。
和カフェに足を運ぶと、以前ここに訪れた時にいた、やる気のない携帯ポチポチ女性従業員とは別の従業員の男性が店内にいた。
アフロヘアーの青年だった。 なんかの爆発事故に巻き込まれた後ぐらいボリューム満点の立派なアフロを生やしている。
緑茶を注文すると、アフロの彼が微笑みながら緑茶を運んでくる。
名前を尋ねると彼の名はウルギャンと言った。レーに住む大学生だという。 ここではアルバイトとして、週に何回か出勤しているそうだ。
「ウルギャン、そのアフロ凄いね。ドリフのコントみたいだね」
「これは天然パーマだよ」
「マジで!?」
「マジだよ」
これを見てよと、ウルギャンが坊主だった時の写真を見せられた。
「ここまで伸びるのに1年以上かかったよ」
「ほぇー。触っていい?」
「いいよ」
触ってみると、ウルギャンのアフロの髪の毛はかなり心地よい感触だった。 フサフサと柔らかく、温かみがある。
簡易的な小鳥の巣にも適していると言っても過言ではない。 小鳥のヒナも安心してすくすく育つだろう。
和カフェに面してある通りはアッパートゥクチャロードといい、その通り沿いには、旅行者が多く訪れる夏のオンシーズンの間だけ営業している露店がある。 和カフェから下を覗くと、ナツキさんが露店の軒先にある椅子に腰掛けて店主たちと談笑していた。
「ナツキさーん」
上から声をかけると、こちらに気づいて手を振ってくれた。
「大悟さんお茶してるんですかー?」
「お茶してます。優雅なティータイムです」
「10ルピーのお茶だけでずっと居座るなんてめっちゃ迷惑な客だと思うよ。俺たち」
スマホをいじりながら宏貴さんが言う。
「そういえば俺、出国前日は福岡空港の近くにあるファミレスでドリンクバーのみで10時間粘りました」
「その日ぐらいホテル泊まれよ」
「少しでもお金節約したかったですから」
ちなみに、そのファミレスでうたた寝していると「ここは寝る場所じゃありません」って店員さんにマジで怒られた(泣)
「お、きたきた」
1時間ほど前に宏貴さんが注文した「お好み焼き」が運ばれてきた。 前回、注文した蕎麦がハズレだったため、今回はお好み焼きを注文したのだ。
「しかし時間かかり過ぎだろ」
「下ごしらえしてなかったんじゃないでしょうか」
まぁそれだけ時間を掛けて丹精込めて調理したのであろう。 美味しくないわけがない……はずだ。
宏貴さんがお好み焼きを口に運ぶ。
「どうですか?お好み焼きの味は?」
「……うん。自分で作りたい」
どうやらこれもあまり美味しくないようだ。
うーむ…。
果たして和カフェにお客さんがたくさん訪れる日は来るのだろうか……。
しかしある日を境に、和カフェは一気に盛況を迎えることになる。
宏貴さんとナツキさんがレーを離れる前日、和カフェに行くと従業員の女性2人とウルギャンの他に、日本人の青年がキッチンで料理の下ごしらえをしていた。 青年は客である自分たちに気がつくと歯切れ良く挨拶をしてきた。
「いらっしゃいませ!」
誠実かつ堅実な雰囲気が感じられる好青年だった。 常日頃から女の尻を追いかけまわしている「Mr.遊び人」の異名を持つ宏貴さんとは全く正反対な印象である。
「ここで働いているんですか?」
そう尋ねると、青年はハキハキとした口調で答えた。
「はい。ボランティアとしてここで働かせていただいております」
「ボランティア……ですか?」
「はい。そうです」
ボランティアの彼の名はしんのすけと言った。
しんのすけさんは過去、夏の時期に2回、冬の時期に1回、計3回ラダックに長期滞在しており、ラダックの様々な場所を訪れたそうだ。 以前、ラダックを旅しているときに、この和カフェの物件主と知り合い、ボランティアとして働くことになったのだという。 この建物はNGOが経営しており、なにかしらの商売を始めてもいいということで、食堂を開くことにした……が、雇った従業員が全く働かないとのことである。
「この店、とんでもなく赤字なんですよ」 そう言いながら苦笑するしんのすけさん。
「はい。見れば分かります」
「客入ってるの見たことないもんな」 宏貴さんが言う。
「そうなんですよ。常に閑古鳥が鳴いてる状態で……。あ、すみません。少しお尋ねしたいことがあるんですが」
「はい、なんでしょう?」
「そばを以前注文されましたか?」
「はい。注文しましたけど」 宏貴さんが答える。
「どんな感じに出されましたか?」
「どんな感じ…。んーと、ざるそばでしたけど」
「ざるそばでしたか!?」 少しびっくりした様子のしんのすけさん。
「すみません。ざるそばではなく、普通のそばで出すはずなんですが」
「あ、そうなんですか」
さっそくしんのすけさんはキッチンに向かい、和カフェのスタッフ達にそばの作り方を丁寧にラダッキ語で指導している。
すげー。ラダッキ語普通に話してる。
滞在4ヶ月であそこまで話せるものなのか。
きっと必死に勉強したのだろう。
「すみません、インディカ米で炊き込みご飯を試作してみたんですが食べますか?」
しんのすけさんが訊いてきた。
「炊き込みご飯!?食べます食べます!」
しんのすけさんが試作した炊き込みご飯が茶碗に盛られ出てきた。
さっそく口に運ぶ。
パクリ。
ゥンまああ~いっ!
少し水分を含みすぎて柔らかい気がしないでもないが、日本風の味を食べるのは久しぶりだ!
「宏貴さん……やっぱり日本風の味付けは美味しいですなー」
「日本に帰りたくなるよ」
続けてしんのすけさんが言う。
「すいません、今から日本米炊こうと思ってるんですが食べます?」
「日本米あんの!?食べます食べます!」
しばらくして、ほかほかの炊き立て日本米が茶碗に盛られて出てきた。
パクリ。
「うわああああ!はっ…腹がすいていくうよぉ~~~っ!食えば食うほどもっと食いたくなるぞッ!こりゃあよお―――ッ!!」
「なに言ってんだお前」
はッ!
「すいません。日本米のあまりの美味しさに我を失いました」
「大悟君になにかが憑依したかと思ったわ」
そして夜。
ナツキさんが宿にやってきた。
今日の深夜にマナリに向かう乗り合いジープで、宏貴さんとナツキさんはラダックを去る。
宿の一室で色々な話をしながら、ジープの出発時刻になるまで時間を潰した。
「いやー、あっという間でしたね。ラダックで過ごした日々は……。と言っても俺はまだ滞在するんですけど」
「本当はもう少しいたかったよ」 感慨深そうに宏貴さんが言う。
「人も優しいし、涼しくて過ごしやすいですからねー」 にこやかにナツキさんが言う。
「いやー、女性が1人いるだけで部屋の空気が違いますなー」
「華があるもんな」
普段は宏貴さんと2人きりなので、部屋の空気がどんよりと男臭い感じがするが、今はなんかいい匂いがするような気がするぞ。
「大悟君、すべらない話でもしてよ」 宏貴さんのとんでもない無茶振り。
「……んー、じゃあ俺が中学生の頃、鼻クソで野球ボールを作ろうと試みた話なんですけど…」
「あんのかよ」
そんな感じの、なんら他愛もない会話だったけど、すごく充実した時間だったと思う。
深夜1時半。
「そろそろ時間ですな」
出発時間が近づいたので、宏貴さんとナツキさんの見送りをすることに。
宿を出ると、綺麗な月明かりが外を優しく照らしていた。 懐中電灯なしでも出歩ける明るさだ。
通りにある銀行の前に、マナリ行きのジープは停車していた。 昼間は活気溢れるメインバザールだが、深夜は全く人気がなく、がらんとしている。 現在ここに集まっている人は、マナリに向かう者と、それを見送る者だけだ。
ジープの上にバックパックを積み込んでもらい、車内へと乗り込む宏貴さんとナツキさん。 乗車した宏貴さんがすぐに車窓を開けて俺に声をかける。
「大悟君泣くな!泣くなって!別れが辛いのは分かるけど泣くなって!」
「……いや、泣いてないですけど」
「いや泣けよ、こういう時ぐらい」
「なんでやねん」(´・ω・` )
宏貴さん、ナツキさんと固い握手を交わす。
「それでは両名とも、体に気をつけて旅してください」
「大悟さんも元気で!」
「もう食中毒になったりすんなよ」
プロロロロッ!と音を上げてエンジンがかかり、ジープが発車する。
「よお~~~~~!」
パンッ!
と、一本締めをして2人を送り出した。
以前から、別れの時は一本締めをやってみようと宏貴さんと話していたので、実行してみたのだ。
「さよ~なら~」
ナツキさんがジープの窓から身を乗り出し、大きく手を振っている。
一本道のメインロードの曲がり角を曲がって、宏貴さんとナツキさんを乗せたジープは見えなくなった。
「行っちゃったなぁ~」
宿には俺一人か…。
少しだけ寂しさを感じながら、宿の方向へトボトボと歩き出す。
それと同時に、一本締めを行ったことにより、周りにいたラダック人から「なんだあの儀式は……?」というヤバい奴を眺めるような視線を背中に感じているのであった(泣)
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