なんかカメラの調子が悪いな……。
旅に出て半年以上が経過し、一緒に旅を続けてきたマイカメラEOS40Dがやたら不機嫌である。
シャッターを切っても5回中4回は「レンズとの接触不良」とモニターに表示され、写真を撮ることが出来ない。
反抗期かコノヤロー。
しかしこの状態じゃ写真が撮れないな、困った。
とりあえず今日も河原の近くの商店に歩いて向かった。
「ねー大悟。カメラ貸してよ」
俺の姿を確認するや否や、男の子が笑いながら言ってきた。
「いいけど、なんかカメラの調子が悪いんだ。写真は撮れないぞ」 そう言いながらカメラを男の子に手渡す。
「ホントだ。つまんね」
男の子はぶつぶつ言いながらシャッターボタンをカチカチ連打する。
乱暴に扱うんじゃないコラ。
いつも商店の側で水煙草を吹かしている口髭を生やした男に尋ねてみた。
「この町にはカメラの修理できる店はないなぁ」
口髭男はフゥーと、静かに煙草の煙を吹かす。
「カメラの修理をするならマナリに行けばいい。大きなカメラ屋がいくつかあったと思う。外国人観光客も多いしカメラの修理屋もあるだろう」
「なるほど」(・ε・)
思い立ったが吉日。 翌日には商店の人達に別れを告げ、マナリ方面へ向かうローカルバスに乗り込んだ。
さらばクルの町よ。サヨーナラー(_´Д`)ノ
バスは舗装された山道を登っていく。 車窓から外の景色を眺めると川沿いに人家が点在している。 バスが発車して15分程すると、シトシトと小雨が降り始めた。
そう思っていると、上り坂の途中でバスが停車した。
「ヘイ!マイフレンド!マナリ行くんだろ?だったら前のバスに乗り換えないと!」
「え、そうなんですか?」
バスを降りると、前方には別のバスが停車していた。 そのバスのトランクにバックパックを積み込む。 車内は既にローカルバス恒例のすし詰め状態である。
「ヘイ!マイフレンド!」
「何?」
「車内はもう超満員だ!君はバスの上に乗ってくれ!」
マジでか!?
雨が降っている現在の状況では絶対に乗りたくない。
「ノープロブレム!今は小雨だ!」
ノープロブレム!じゃねぇよ!
バスの運賃をきちんと支払っているのに、なんなんだこの扱い……(号泣)
出るとこ出てやる!
乗り換えたバスが走りだす。
全く望んでもないスリリングな展開だわ(涙)
身を屈めて、襲い来る枝から体を回避する。
そんな方々の声援に応えるため、俺は「ハロー!ナマステー!」 と大きく手を降り、挨拶を返す。
バチンッ!!
「うぎゃッ!」ΣΣ(゚д゚;)
木の枝が顔面に直撃した。
はッ、鼻がッ!
顔面に木の枝が直撃し鼻血を出してから十数分後、バスはマナリのバスステーションに到着した。
標高は約1900mなのでクルよりもやや涼しい。
外国人観光客が多いこともあって旅行会社やレストラン、土産物屋などの様々な店が建ち並び、多くの人々で賑わっている。
インドヒマラヤ地帯のカオサンロードみたいな場所だなここ。
ヒマラヤ山間部の谷間にある町と聞いて、山岳民族がのんびりと暮らしている様を想像していたが、それとは対照的な雰囲気の町である。
マナリは市街地のニュー・マナリと、そこから更に山道を上った場所にあるオールド・マナリにわかれており、現在自分がいる場所はニュー・マナリの中心部のようだ。
バスステーション周辺で宿を探すが、どうやらここはリゾート地のようで、訪ねた宿はとてもじゃないが泊まることができない値段だ。
一泊1000ルピーとかザラである。
訪ねた宿のスタッフにそう言われたので、坂道を上ってオールド・マナリに行くことにした。
ニュー・マナリから40分程歩いて川に架かる橋を渡り、オールド・マナリに辿り着いた。
先ほどの景色とは一変し、観光客もそれほど多くなく騒音もない静かな場所だ。 メインロードの坂道から道を逸れて狭い小道に入ると、基礎部分は石垣で組み立てた古い木造の建物も多く残っている。
町というよりは村に近い。 何件かの宿を訪ねて、トイレ、シャワー付きで1泊300ルピーの宿に泊まることになった。
翌日。 反抗期のカメラを持って、ニュー・マナリにあるカメラの修理屋に足を運んだ。 中に入ると、メガネをかけた初老の主人が強力な電子ブロアーを使い、カメラ内部の不純物を取り除いていた。
主人が作業の手を止めて、こちらを振り返る。
「なんだい?」
「カメラを修理してほしいんですが」
「はいはい。じゃあカメラ見せて」
持ってきたカメラを主人に手渡す。
「おや、これは古いカメラを使ってるねぇ。どんな風に調子が悪いんだい?」
「シャッターを切るとこんな表示がされて、写真が撮れないんです」
「んーむ、とりあえず見てみよう。明日の夕方来てくれ」
「分かりました」
そして修理屋を出て宿に戻っている時のこと。
「コンニチワ。ニホンジン?」
商店の軒先で腰掛けている中年のインド人の男が片言の日本語で話しかけてきた。
真っ白なシャツにスラックスという身なりで、胸元まで開けたボタンからは濃い胸毛がチラリと覗く。
「日本人ですが」
そう返事をすると、次は「ゲンキ?」とテンプレート通りな質問をしてきた。
「あぁ元気ですよ」と俺はやや適当に答えた。
「チャイ飲む?」
どうしようかと一瞬考えたが、特に急いで宿に戻っているわけでもないし、頂くとした。
「あぁ飲みます」
俺が答えると、男は商店の主人にチャイを注文した。
「はいどうぞ」
商店の主人から熱いチャイを受け取る。
スキンヘッドの男は、時折片言の日本語を交えながら、英語で話を始めた。
「私日本人ガ好キネ」
「はぁ、そうですか」
「ジャバニーズランゲッジベリーファニーネ!」
「そうですか?」
「火曜日のこと「キスして」って意味になる」
「え、なりますか?」(・ε・)
「火曜日って英語で言うと、チューズディ。続けて言うとチューズディ、チューステ、チューシテ!」
無理矢理すぎるだろオイ。
「大悟」
「ダイゴ。オォ、タイガーネ!」
「いや、タイガーじゃなくてダイゴ」
「ダイゴ覚えにくい!インディアンネーム「タイガー」ネ!」
まぁタイガーでもなんでもいいけど…。
ちなみに俺は学生の頃、一時期ゴキブリと呼ばれていた。
フフフッと含み笑いをするレビ。
ナンパシ?(・ε・)
「ナンパシって何ですか?」
「ナンパシ知らない?日本語だよ」
「知らないですね。ナンパシ?」
はて……、ナンパシ…。なんのことだろう。難破船のことだろうか?
「ガールズナンパシ!」
「あ、ナンパのこと?ナンパ」
「そうナンパ!タイガー、ガールズをナンパシ!」
「俺はナンパしたことないです」
「ナンパシしない?どうして?」
「俺には姉ヶ崎寧々先輩という心に決めた女性がいるんです」
画面から出てこないけど。
「その人可愛い?」
「むっちゃ可愛いですよ」
画面から出てこないけど。
「その人、今何処にいるの?」
「日本にいますよ」
部屋の本棚の隅に置いてあるニンテンドーDSの中で、姉ヶ崎寧々先輩は俺の帰りを待ちわびていることだろう。
「だったら関係ないネ!ナンパシしないのノーグッド!たくさんの女性を抱くこと重要!欧米人皆してる!」
「いやいや、よくないよ。浮気じゃないですか」
「内緒にしておけばOKネ!」
いや…俺は姉ヶ崎寧々先輩の前で嘘をつくことなど断じて出来ん……!!
ってか、随分喋る人だなこのおじちゃん。
そう言ってチャイを飲み干し、宿に戻ろうと立ち上がる。
「ちょっと待って」 レビは自分を呼び止めた。
「なんですか?」
「タイガー晩御飯食べた?」
「いや、まだですけど」
そう答えると「だったらウチで一緒に食事をしないか」とレビが訊いてきた。
んー、どうしようか。
「…………………」(‐ω‐)
「どうしたネ?」
「いや、あなたが怪しい人に見えるから家に行こうか迷ってる」
「なんで!?私凄くイイ人だよ」
大きく目を見開くレビ。
そりゃ 「俺詐欺師。今からお前の金をがっぽり騙し取るつもりだぜ。よろしく」 という正直な詐欺師はいないだろう。
まぁ少しでも違和感を感じたら逃げればいいか。
「いいよ。じゃあ行こう」
そう言ってレビの後をついていく。
「レビって普段なにしてる人なんですか?」 歩きながらレビに尋ねてみた。
「私?社長」
「社長?」
話を聞くと、レビはいくつも会社を経営している資産家であり世界各国に持ち家があるそうな。
本当かどうかはまだ分からないが。
「へー、会社ってどんな会社ですか?」
「たくさんあるよ。観光業、飲食店、レジャー施設、etc」
マナリにある何店舗かの土産物屋とバーも経営しているそうだ。
「ほぇ〜。お金持ちなんですね」
俺が驚いているとレビはこう言った。
「確かに私は金持ち。でもお金は点数ジャナイ」
………はて、どういう意味だろう。
「金をたくさん持っていることは人生においてステータスではない」 ということだろうか。
ちなみに俺は金はあればあるほどいいと思っている。
「お金より笑顔をばらまこう!」
という言葉をぬかしている人を見ると 「いや笑顔よりお金ばらまいてくれたほうが拾った人が自然と笑顔になるじゃん。他人の笑った顔見ても腹は膨れないじゃん。なに言ってんの?バカなの?」
と冷ややかな反応をするぐらいのお金大好き人間である。
だって金さえ沢山あれば「あくせく働かなくてもいいから時間に余裕ができて好きなことできる」し「着るものも食うものも住む場所にも困らない」し「心に余裕が生まれる」から自然と朗らかな表情になるじゃん。
所詮世の中、銭ズラ。
レビに案内された場所は、オールドマナリとニューマナリの中間の通りにあるマンションだった。 日本の一般的なマンションと遜色ない造りである。
こんな立派な人家に入ったのはインドに来て初めてだ。
「立派なマンションですなぁ」
「ここは私の部下が住んでいるマンションネ」
レビの部屋は、こことは別に近くのマンションを借りているそうだ。
「さぁ入って」
レビに誘導され、広いリビングに足を運ぶ。
「ここにはいつも色んな国の人が来るネ」
正確には、レビが毎日のように外国人旅行者を連れてくるらしい。
「食事はたくさんの人とした方が楽しい。だから外国人に声を掛けて一緒にご飯食べる」 とのことだ。
「コニチワー。ナマエハナンデスカ?」 片言の日本語である。
「大悟です、よろしく」 そう挨拶すると、横からレビが口を挟む。
「ダイゴじゃないネ。君のインディアンネームはタイガーネ」
こいつ面倒クセー。
「ダイゴ?タイガー?」 アフロの青年がどっちで呼べばいいかと訊いてきた。
「覚えやすい方でいいよ。日本語話せるの?」
「いや話せない、挨拶だけ。日本人の彼女に教えてもらったんだ。俺の名前はカヴィ。よろしく」
「へぇー、彼女日本人なんだ。何処にいるの?」
「彼女は今は日本さ。去年までインドにいたんだ」
現在はスカイプでやり取りしてるそうだ。
「本当は直接会いたいんだけどなぁ……」 静かにカヴィは言った。
次に話しかけてきたのは、長髪で髭を生やしたヒッピーのような風貌した男だった。
彼の名前はラムと言った。 話を聞くと、このマンションの部屋はラムが借りているそうだ。
「俺はリビングの隣の部屋に住んでいるんだ。困ったことがあったらなんでも言ってくれ」 落ち着いた口調でラムが言う。
小太りで垂れ目な男、バブルー。カヴィほどではないが彼もまたアフロヘアである。ミニアフロといったところか。
モナリザのように伸ばした長い黒髪にキツいパーマをあてている男、クリシュナー。彼のこの髪型はマイケルジャクソンを真似ているとのことである。
ハイトーンボイスが特徴的な家政夫、ヨタム。物凄く気配り上手な人である。
「さぁ、夕食にしよう」
レビがそう言って、床に布を敷き、その上に調理した料理を並べていく。 炊いた米とチャパティに、ジャガイモのマサラ。ひよこ豆のカレーに生野菜のサラダといった、インドの家庭料理だ。
「いただきまーす」
遠慮なく、がっつり頂いた。
十数分後。
はー、食った食った。腹一杯じゃあ。余は満足じゃあ。
膨らんだ腹をさすりながらソファーに腰を下ろす。 隣にいるカヴィが机の上に紙を敷き、そこに練り消しのような塊をコロンと転がすように置いた。 なんだろうと確認すると、それはチャラスだった。
「あ。チャラスだ」(・д・)
「そう。大悟はチャラスをやる?」
「いや、俺は大麻の類はやらない」
「へぇ。俺の彼女も大麻はやらないって言ってたよ」
そりゃ日本じゃ法に触れるからな。
「でも彼女がインドにいた時、勧めてみたんだ」
「ふーん、それで?」
「一吸いでダウンした。だからもう絶対やらないってさ」
確かに、チャラスの色、形はどことなくウンコに見えなくもない。
実際に俺は、チャラスを持ってる旅行者に初めて遭遇した時、それを犬か何かの糞かと勘違いして
カヴィが紙の上にチャラスを指で細かく千切っていく。 それを細かく千切ったチャラスの欠片と混ぜて巻紙の中へと戻せば「マリファナタバコ」の完成だ。
自分とラム以外の部屋にいる者が、さっそく回し吸いをしていく。
皆、吸うことに慣れているのだろう。 複数の人間が回し吸いをするため、吸い手は吸い口には直接口を付けることはせず、タバコを軽く持って両手を重ねてわずかな空洞をつくり、そこに口を当てる。
「スパーッ スパーッ スパーッ」 腹式呼吸をする感じに大きく息を吸い込む。
「グッド……。これは質のいい大麻だ…」 スゥーッと静かに煙を吐き出し、西洋人旅行者は呟く。
吸い手が息を大きく吸い込む度にタバコの葉が勢いよく燃え広がり、チャラスとタバコの香りが部屋中に立ち込める。
普段は賑やかなインド人や西洋人だが、チャラスを吸う時だけは異様なまでに物静かだ。
チャラスを吸った者の顔を覗くと、徐々に目の力が抜けていくのが見てわかる。 今日のマリファナパーティーはここでお開きのようだ。
さてと……。じゃあそろそろおいとまするか。
「じゃあ俺は宿に戻るよ。お邪魔しました」
「タイガーは何処の宿に泊まっているんだ?」
「オールドマナリにある宿だけど」
そう答えると、静かにラムが言った。
「このマンション、ちょうど一室空いてるんだ。君が良ければ泊まっても構わない」
「え、いいんですか?」
「あぁ。君はマリファナを勧められても断っていただろ」
「そうだけど」
それに何の関係があるのかと尋ねようとすると、ラムが言った。
「ここに来る旅行者は大抵マリファナをやるんだ」
それは別に構わないんだが、ここに泊まったゲストがマリファナをやって、奇怪な行動をしてもらっては困るから泊めることはできないのだという。
だが逆に、マリファナをやらない君のような旅行者は大歓迎だということである。
「まぁマリファナをやる人間が嫌いってわけではないんだが……」
ラムも20代半ばまでは、しょっちゅうガンジャやチャラスをやっていたそうだ。
「それじゃあ喜んで泊まらせていただきます。明日、荷物をまとめてここに来るよ」
そんなわけで翌日、宿をチェックアウトしてマンションへ移動した。
ホームステイできるとは、運がいい。 キッチンも自由に使っても構わないということで、コーヒーやチャイを作り放題、飲み放題である。 夕方まで映画鑑賞した後、カメラの修理屋に向かった。
「こんにちはー。カメラ直りましたか?」
初老の主人に尋ねる。
「おおっ、君か。カメラね、全く直らないよ。ハッハッハ」
「直ってないんかいッ!!」
「まぁまぁ。ところで君はどのくらいマナリにいる予定だい?」
「うーん。特に決めてないですけど」
「君のカメラ、デリーの会社に送って修理を頼んでみようと考えているんだけど。1週間待っててくれるかい?」
「1週間ですかぁ…」
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