外は雨が降っている。 俺は何をするでもなく、暗いドミトリーの部屋のベッドに、仰向けの状態でただ横たわっていた。 外で雨に打たれるのは嫌いだが、室内で雨が降る音を聞きながら、ボーッと過ごすのは好きだ。心落ち着く。
部屋には外の明かりが一切入らないため、電気を消すと部屋全体が真っ黒に染まり、部屋の壁と天井の境目がさっぱり分からなくなる。 長い時間、この暗闇の部屋に横たわっていると、まるで深い湖の奥底に沈められた屍にでもなったかのような錯覚に陥る。 今の自分のこの様は、無我の境地に達しているか、もはや只の廃人になりつつあるかのどちらかだろう。
気がつけば、ヒレに滞在して10日が過ぎようとしていた。 涼しくて過ごしやすい気候、町ののんびりとした雰囲気が自分には合っていたのだろう。予定していた以上に長逗留してしまった。
もう暦は6月。ネパールに雨季がやってきたようだ。
本格的な雨季に入ると、タライ平野が冠水してしまい、バスでの移動が難しくなることもあるという。
この町にまだ滞在したいけど、もうそろそろカトマンズに戻った方がいいのかもしれないな。
俺はそう思った。 それに、インドに向かうのであれば、カトマンズでインドビザを取得しなければならない。
部屋を出て食堂に行き、カウンターにいるグラオに訊ねる。 「すいません、カトマンズ行きのバスって何時に出ているかわかりますか?」
「カトマンズ行きのバスか?1日に1本、確か昼の12時前後に出ていたと思うぞ。……なんだ?もうカトマンズに戻るのか?」
「えぇ。もう10日もいましたしね」
「もっといればいいのに。ジャックスが寂しがるぞ」 柔かに笑いながらグラオは言う。
「そうですか?」
「あいつ同年代の外国人と話すの初めてだったからな」
「へぇー。そういえばジャックスは?」
辺りを見回すがジャックスの姿は見えない。
「さぁ、外の何処かをブラブラしてるんだろ」
後で会ったら、お別れを言っておくか。
「では、明日出ます」
翌日。 宿の人たちに挨拶を済ませて、バスパークに向かった。 ジャックスには昨日の夜にカトマンズに戻ることを伝えておいた。
彼は 「ずっとここにいろよ。ってか、ここで働けばいいさ!」 みたいなことを言っていたが、 「ネパール語話せないのにそりゃ無理だよ」 と笑って受け流しておいた。
「カトマンズ行きに乗りたいんですが」
バスのチケット販売している受付の男性に話しかける。
「後ろの席しか残ってないけど、大丈夫か?」
後部座席はガッタンガッタン揺れるぞ、と男性がニヤリと口角を上げる。
「平気ですよ。ネパールのバスはもう何回も乗ってます」
「そうかい。やっぱりジャパニーズニンジャは強いんだな」
いや、俺は忍者じゃないけど
やっぱりまだ田舎に住む外国人からすれば、日本人といえば「侍」「忍者」「寿司」「富士山」なのかな。
さらば。ヒレの町よ。
バスがヒレを出発して、約18時間かけてカトマンズに到着した。
18時間もバスに乗っていると、砂埃が髪の毛に絡みついて頭がパッサパサである。
戻ってきたなー。カトマンズ。 そしてカトマンズに戻るたびに毎回思う。
大気汚染ヤバス……。排気ガスくせー
カトマンズは好きな街だけど、永住したとすれば絶対に肺や喉を患ってしまうだろうな……。
カトマンズに戻った翌日に、インドビザセンターにてインドビザの申請をした。 ビザが発給されるまでは1週間かかる。
何故か分からないがカトマンズに戻ると、外出することがとてつもなく億劫に感じてしまうのだ。 「引き篭もり」の才能を限界まで引き出す何かが、カトマンズにはあるのだろう。
6月に入り、ネパールは観光オフシーズン真っ只中である。 そんなこともあり、現在泊まっているゲストハウスは空室だらけだ。 宿泊客は自分を含め、5人しかいない。 ドミトリーに泊まっているのだが、常に貸切状態である。
そのため、部屋で何をしようが誰も俺を咎めない。
例えば、全裸になり進撃の巨人に出てくる奇行種のような予測不能な動きをしていても全く問題無い。
普段できないことをするというのは非常に開放感に溢れ、なかなか心地よいものがある。
まぁ俺は良識のある人間なので、上記のような行為はしない。
宿泊客が全く来ないので、スタッフのディペンとラジもダラけモード全開だ。 フロントにある椅子に寝そべり、最近購入したスマートフォンでゲームに勤しんでいる。
「オフシーズンだから、人来ナイ」
「人が多くないし、のんびりしてていいね、この季節。ちょっと暑いけど」
「ワタシ、忙シナイノ好キクナイ。忙シイノ好キ」
「そう?働き者だなぁ、ディペンは」
働かずにダラけて生きていけたらどんなに幸せだろうと、幼稚園児の頃から思っている。
まぁ働きたくないから、このような現実逃避行をしてるのだ。
暑い季節には、やはり水々しい果物が食べたくなる。
行きつけのモモ屋で(※モモ ネパールの蒸し餃子)昼食を済ませた後に、道端にある果物屋でライチのような果物を購入した。 購入したのは50ルピー分だったが、結構な量だ。数十個ある。
宿に戻ってディペンとラジとで分けて食べるか
宿に戻るとフロントの階には誰の姿もなかった。
あれ、誰もいないのかな……?
だが、人の気配は感じる。
受付の机の奥を覗き込んでみると、そこには床に横たわるディペンの姿があった。
しっ、死んでるッ!!
「ディペン!ディペン!!死んじゃダメだ!」 横たわるディペンに声を掛ける。
…………って、ディペン! 忙しいの好きじゃなかったんかいッ!!
翌日、フロントで寝ていてはまた俺に起こされると思ったのか、ベランダで昼寝するディペンの姿があった。
オフシーズンのカトマンズはゲストハウス内もまったりしている。
カトマンズにいる間、昼食後に露店の果物屋で果物を買うのが日課になりつつあった。 その露店は、ネパリ帽子を被った爺さんが営んでいる。 毎日通っているので、爺さんはサービスだと言い、多めに果物をくれる。
「ジャパニーズボーイ、今日ウチで一緒に晩飯を食わないか?」
「え、いいんですか?」
「あぁ、構わんさ」
やった〜。タダ飯にありつけるぞ〜!
といっても、家に招待してもらうわけだし何か持っていかないとな。
「お爺さん、お酒好き?」
「酒か?ワシはウイスキーが大好きじゃ」
そんなわけで、ウイスキーの小瓶を買って、夕暮れ時に果物屋に向かった。
爺さんの家は、露店から1kmほど離れた場所の家々がびっしり密集してある路地裏にあった。
「お邪魔しまーす」
そう言いながら家に入る。
招待されてなんだが、俺は思った。
せ…、狭い………。
こう言ってはなんだが、狭い。めちゃ狭い。
畳み8畳ほどの部屋に、やや大きなベッドが2つあり、それが部屋の面積のほとんどを占めている。
爺さんには奥さんと3人の娘がおり、長女は結婚し子供も出来て、別の町で暮らしているとのことだ。 長女の娘は現在、この家で暮らしている。 この部屋に5人はかなりの人口密度だ。 子供の頃からずっとこの部屋で育つと、強くたくましい子になりそうである。
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