トレッキング4日目。
「なんか内蔵の調子めちゃくちゃ良くない?」 朝食を摂りながら大輔さんが言う。
「大輔さんもですか?奇遇ですね。俺もすこぶる快調です」
「だよね。足は筋肉痛だけど、毎日快便なんだよねー」
「ですよね。高身長、高学歴、高収入の3Kには全く当てはまらないですけど毎日、快眠、快食、快便の3Kにはばっちり当てはまってます。トレッキングの力って凄いですね」
つい先ほどもトイレに行ってきたが、「俺は牛かっ!」とツッコミたくなるほど、てんこ盛りであった。
もし俺がまだ子供でここが自宅だったら、間違いなく
それぐらいてんこ盛りだった。
ここまで出てくると、朝から非常に清々しい気分である。
牛のように
そんな清々しい気持ちでランタン村を出発。
朝のうちは、空は真っ青に澄んで雲ひとつ無い。これが本当の空の青さなんだなと、月並な感想だが、純粋にただそれだけを考えながら歩き始めた。
さすがに、標高3500mを超えると少し歩くだけで息が切れてくる。
「ハァ〜、空気が薄いのがよく分かりますね」
荷物が無い手ぶらの状態ならば、かなり楽に山道を登ることができるだろうが、やはり荷物を背負っていることが負担となっている。
昨日は体が軽かったのに、今日はそうでもないな。
「あぁ、しんどい〜」
「ハァ、山を登り始めて3日目だけど、やっぱキツいわ」
激しく呼吸する2人に対して、ラムさんは息切れひとつしてない。 「ユックリユックリネ」
……凄いな、サイボーグかこの人?
そんなことを思いながら歩いていると、先ほどから左膝に妙な違和感があることを覚えた。
ん?何じゃこの感じ?なんかつっぱる感じだな……。
俺は全く気にせず普段通り歩き続けた。
ランタン村を出発し、2時間程経過。
「疲レマシタカ?」 歩きながらラムさんが尋ねてきた。
「ハァ、疲れましたよ〜、休憩しましょうよ〜」
「ハァハァ、さすがに俺も休憩したいな」
「ハイ、休憩デス」
バックパックを地面に降ろして休憩をとる。
「もうそろそろ富士山の標高と同じくらいかな」 大輔さんが言う。
「もうそんな高さまで来てるのかぁ。富士山って標高何mでしたっけ?」
「3776mだよ」
「はぁ〜、詳しいですね」
「いや、まぁ一応静岡県在住だからね」
「俺の地元、櫛ケ浜って町にも太華山って山あるんですよ」
「へえ、何m?」
「362mです」
「低いなっ!」
大輔さんは静岡県出身で、家から外に出ると常に富士山が見えてるらしい。しかし、それにも関わらず一度も登ったことがない。 大輔さん曰く、「常に見える位置にあるからいつでも登れるじゃんと思ってたら、未だに登る気になれず今日に至る」とのことだ。 ちなみに、富士山が世界遺産に登録されるのは、この日から1年3ヶ月後のことである。
休憩を終えて、再び歩き出す。 およそ1時間後、前方にポツポツとロッジが見えてきた。
「お、集落発見」
「キャンジン・ゴンパデス」
「やっと着いた〜」
キャンジン・ゴンパに到着。
ランタントレッキングコースの一番標高が高いところにある集落だ。ここから先には、ロッジも茶店もない。 真っ白な雪を被った岩山が間近に迫っている。
「遂に富士山の高さ超えちゃいましたねー」
「だね。遂にこの高さまで来ちゃったな。日本帰ったら富士山登ろうかな」
ロッジに荷物を置いて、昼食を摂る。
夕方に戻ってくるので、荷物はロッジに置いておく。 道はかなりの急勾配だ。 遠くに見える頂上でタルチョが強風ではためいていた。
「ゼェーゼェー、まだまだ頂上は遠い……」
「ゼェーゼェー、今日が一番キツいな……」
「ユックリユックリネ」
持っている荷物はカメラだけだというのに、3分も歩かないうちにかなり息がきれてしまう。 こまめに立ち止まり、息を整えては歩き続ける。
標高4000mを超えると、時折、凍えるような強風が空気を切り裂く音をたてて体に襲ってきた。
ぶわーっ!砂埃が凄い!目が開けられねぇ!
その強風に乗って、雲が形を変えながら迫ってくる。辺り一面真っ白な水蒸気に覆われ、視界が捉えるのは白色のみだ。
うわーっ!何も見えねェッ!
そんな時は風が止むまで、ただ立ちどまる。
「雲が生き物みたいですよ」
「砂埃は参るね、目が痛くなる」
その後も、ゆっくりと頂上に向かって足を進めていく。
「ゼェッゼェッ…、地球の歩き方に書いてあったんだけどさ……」
「ハァッハァッ、なんですか?ゼェーゼェー」
「ゼェーゼェーッ……、キャンジン•リってキャンジン•ゴンパで一泊して、高度に体を慣らして登るのが普通らしいよ…ゼェーゼェーッ……」
「ハァッ…、そうなんですか」
「半日で3500mから4500mまで登るってキツ過ぎるだろ…ゼェーゼェーッ」
「ゼェーゼェーッ……確かに」
2人ともかなり呼吸を乱していた。
しかしさっきからタルチョはずっと見えたままなのに、なかなか辿り着かないな。 「ゼェーゼェーッ……、タルチョはずっと見えてるのに、辿り着かないですね」
「ゼェッゼェッ…、近くに見えるけど、意外に遠いんだよ」
そして、息を切らしながら山頂を目指すこと数十分。 遂に目の前にタルチョが現れた。
ゼェーゼェーッ……、つ、着いた………!
「やっと着きましたね〜」
「あ〜、しんどかった。ちょっと頭痛いな」
大きな岩の上に腰を下ろす。
はぁ〜っ疲れた〜。でもやっと登った〜。
息を整えた後、立ち上がって周りを見渡してみた。 眼下にはキャンジン・ゴンパにある家々がポツポツと建ち並んでいる。
ぞぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉい ぞぉぉぉぉぉぉぉい ぞぉぉぉぉぉい
「大悟サン」
「何ですか、ラムさん?」
「ココ、キャンジン•リジャナイネ」
……ん、どういうこと?
「キャンジン•リ、アソコデス」 そう言うラムさんの指差した先を見ると、そこにはタルチョが立てられていた。 現在、自分達がいる場所より更に高い。
キャンジン・ゴンパから見えていたピーク、つまり現在自分達が立っている場所はキャンジン•リに行く手前の休憩ポイントだったようだ。標高4350m。 キャンジン・ゴンパからは見えない位置にある、この先のもう一つのピークがキャンジン•リだったわけだ。
まだ登るのか……。キツいなぁ……。
とりあえず、大輔さんと記念撮影しておく。
「ジャア、キャンジン•リ行キマショウ」
「あ、すいませんラムさん」 大輔さんが言う。
「頭痛いです」
「え、大丈夫ですか?」
大輔さんに高山病の症状が出ていた。
「まずいね……、頭痛がかなりやばい。どんどん痛みが増してる。ここに登ってる途中から痛くなってきたんだけど」
「ドウシマスカ?」
「……下山します、ロッジに戻ります。大悟君は頂上行ってきてもいいよ」
「え、いやそんな悪いですよ」
「いいよ、気にしなくて。でもひとつだけ頼みがあるんだけど」
「なんですか?」
「写真撮ってきてくれない?」
はい、これにと、CFカードを手渡される。
「御安い御用ですよ。任せてください!」
CFカードを受け取った後、俺とラムさんはキャンジン•リへ。大輔さんは一足早くロッジに戻っていった。
「下り道、気をつけてくださいね〜」
大輔さんに声をかけて、俺とラムさんはキャンジン•リを目指して歩き始める。
頂上までの登り道が異常にキツい……。
ラムさんが声を掛けてくる。
そして、歩くこと数分後。 遂にキャンジン•リに到達。
「ハァッハァッハァッハァー……、着いた……」
ここが標高4550mかぁ。
冷え込む季節はもうとっくに過ぎていたが、遠くに見える岩山には、まだ雪が大量に覆い被さっていた。
凄い風景だなー。でも何故だろう、あまり感動しない……。 キャンジン•リからの情景を目にしても、何故か全く感動しなかった。
そう、この時の俺は日本では見られないような光景を、連日見続けていたので景色を味わう感覚が麻痺していたのだ。 長期旅行者がたまにかかる「絶景麻痺」である。
ちなみに、この症状は旅の期間が長くなるほど徐々に悪化していく。
まぁ、さっきの休憩地点からの景色とそんなに変わらないけど、大輔さんに頼まれた写真撮ってくか。
写真を撮った後、下山を始めた。
下山をする直前、ラムさんが山頂近くで立ち小便をしていたのだが、それは如何なものだろうか。
山の神に祟られるぞ。
下る道は登ってきた道とは違う道だ。キャンジン・ゴンパへ一気に縦走できる下り坂である。その分、傾斜が更に大きくなっているが。
いや〜、下り道は楽だね〜。
そんな気持ちで坂道を下り始めていると、それは不意にやってきた。
ピキッ。
左膝に激痛が走る。
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超インドア派。妄想族である。立ち相撲が結構強い。
好きなTV番組は「SASUKE」。